研究開発=両極から見えるもの

第15 回(最終回)

費用対効果

[2008年05月号]

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 お金を稼いだり、貯金したりするのは大変なのに、使う場合はあっという間に無くなってしまうのは日頃身にしみて感じることの一つだ。お米の収穫でも全く同じことである。収穫までには何カ月もの労力が費やされるのだが、それをいただくのはほんの一瞬で終わってしまう。

 研究と言えば、一見聞こえがよいが、上の話の流れに沿って考えれば、結果としてはお金をつかってしまう作業に相当している。しかも殆どの場合、二度とお金は戻ってくることはない。長い経験を有する欧米諸国では、お金を簡単に失う3 つの方法のうちの一つが研究であると言われている。他の一つは、女性にお金をつぎ込むというもの
らしい。

 サラリーマン研究者になったとき、研究費が回収されるものかどうか全く関心もなく、なにか当然のもののように感じていた。この年になってみれば、これだけ回収率の悪いものによく投資されているものだと逆に感心したりしてしまう。

費用対効果

費用対効果

 このようにして、研究費用に対する効果というのは、瞬間的には殆ど0であると考えてもよいかもしれない。もちろん、試作品ができたり、論文が発表されたりしてそれなりの効果、あるいは結果はあるのだが、利益のような形ですぐ費用が戻ってくることは極めて稀である。そうはいっても研究に投資しなければ何も始まらないので、やはりお金はかかる訳だ。

 高度成長期には企業も中央研究所をつくって大いに研究ブームであったが、あまりの投資効率の悪さに、バブル後は一般的に研究に投資することは躊躇されるようになってしまった。経済合理性のためではあるが、民間でカバーできない部分は、やはり公的にカバーすることが必要だろう。

 現在の職場で、ある研究に費用が必要となり、経理関係部署にお願いに伺った。その時のお話は、「先生、教育関連支出ということであれば、必要な費用の一部はご支援可能です」というものであった。研究の名目では受益者が殆どなく、お金が有効に使われない、ということを暗に表現されていたのだ。


教育と研究
 大学は教育も研究も行う機関であり、両方とも重要視している。遠目で見れば、まずは教育が最重点であり、学校の性格によって基礎的な研究も相当重視する、ということであろうか。

 両方とも莫大な費用と時間がかかる点ではよく似ている。教育の方は学業成就まで一方的に支出が発生するが、目出度く社会人ともなれば俸給を得て、経済的な意味では確実に回収が行われる。前出の経理の専門家の指摘はこの点を指していた訳だ。教育の費用を惜しむ親が少数派なのは、得られるものが分かり易いからであろう。

 これと逆なのが研究だ。そもそも研究者が企画書に書いてあるような成果に到達することは稀であるし、重要な成果であっても経済的な還元があるとは限らない。最悪なのはあまり進展がなかったというものだ。従って、研究費の配分も既に成果のあるグループが優先されがちだ。

 このように、研究については、投資先の選定は教育より分かりにくい。しかし、専門家集団の層の厚みや、経験の豊富さが判断を助ける。我が国でも経験豊かな研究者層が厚みを増しており、研究についても、目利きが増えているのは間違いなく、心強いかぎりだ。

森下悦生
モリシタエツオ 1949 年三重県生まれ。東京大学工学部航空学科卒、同学院修士課程修了、ケンブリッジ大学工学部修士課程修了。1974 年三菱電機に入社、スクロール圧縮機の研究開発などに携わる。1993 年より現職、東京大学大学院航空宇宙工学専攻、教授として教鞭を取る。

●著者連絡先
tmorisi@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

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